桜草 41
未来もの続きましたがようやく桜草続きです^_^;
「寝てる…」
休憩を挟んだ後、勉強を再開したが琴子が問題を解いている間にトイレに立った。ほんの僅かな時間だったのに、戻ると琴子はテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
「はぁー」
溜息しか出ない。しゃがみ込んで頭を掻きながら横目で見る琴子は警戒心など微塵もない。一人暮らしの男の部屋でこんなにぐっすり寝れるもんなのか?
ここに来たのも勉強を教えるという餌に釣られてなのは分かっていた。餌の効果は絶大で数日間の素っ気なさは無くなったのは良かったが、自分を好きだと言っている男の誘いを裏を読むとか一切せず額面通りにしか受け取ってない。
さっきだってそうだ。コーヒーの準備をしている背後から触れる程近い距離で覗き込むとか、全然意識してないから出来る事。自分から迫るのは平気なのに、不意打ちで琴子の方から接近され対応に困り、出た台詞が「近い。邪魔」とは我ながら情けない。意識したのを誤魔化すように琴子にコーヒーを淹れるのを任せて逃げるようにテーブルに戻った。
考えれば考える程、この状態が今の俺たちを表しているようで虚しい。
「はぁー」
また溜息を一つ。そうだとしても、このままでは明日身体が痛いと騒ぐだろうし、風邪を引くかもしれない。そう思ってベッドに移す為に抱え上げたが、一向に起きる気配は無くだらりと身体を預けている。同居を始めたばかりの頃もこんな風コイツをベッドに運んだ事があったが、その時もぐっすり寝たままだったっけ。懐かしい記憶も思い出しつつ、一つしか無いベッドに横たえ布団を掛けてやる。ここまでしても起きる事なく気持ち良さそうな寝顔に悔し紛れに呟く。
「……襲うぞ」
すると仰向けだった身体が途端に壁際を向いた。起きてるのかと疑いたくなる程の素早さで。いくら何でも、犯罪に手を染めるつもりはねーよ!
自分の為に、もうこれ以上考えるのは止そう。そう決めて、ありったけのコートと上着を引っ張り出してベッドの下に横になった。
中々、寝付けなかったがようやくウトウトし出した所に突如、顔に何かが触れた。驚いて飛び起きベッドを見ると、琴子がこちら側まで移動しダラリと手だけが落ちている。当然だが知らなかった。コイツって寝相が悪いんだ…。
布団もはだけてしまったので、手を戻し布団も掛け直して再び寝る体勢に。また、ウトウトし出すと今度は布団が降って来た。コ、コイツ…。また直すが結果は同じ。結局俺はまともに寝る事も叶わず、一晩琴子のお守りをしながら朝を待つ羽目になったのだった。
**********
ザーーッ。
えっ、昨日は雪で今日は雨?重い瞼をゆっくり開けると、視界に入って来たのはフリルいっぱいのメルヘンな自室でなく余計な物が無いシンプルな部屋。
そうだ、あたし昨日入江くんの部屋にお泊まりしたんだ。確かそこのテーブルで勉強していた筈だったんだけど。自分の居場所を確認するとベッドの中。という事は、また入江くんに運んで貰ったんだ。
ガチャっとドアが開く音がして、音の方に目をやると頭をガシガシ拭きながら入江くんが入って来た。さっきのは雨音じゃなくてシャワーの音だったのか。一人納得していたら、思いっきり目が合って何だか恥ずかしくなる。
「起きたんだ。おはよう」
「う、うん。おはよう。あっ、ゴメンね。勉強みて貰ってたのに寝ちゃって」
「いいよ別に。バイト終わりで疲れてただろうし」
「しかも、ベッドに運んで頂いたようで…」
後ろめたさで何となく敬語になってしまう。
「そのままに出来ないだろ。風邪でも引いたらお袋に何言われるか分かんないし」
「すいません…」
「風呂使う?」
「はい。お借りします」
入江くんはタオルを取り出すと昨日と同じく投げつけて来て、「わっ!」っと焦りつつも無事キャッチ。
「中にあるもの好きに使っていい」
「うん。ありがとう」
ようやくベッドから抜け出し、タオルと共に昨日コンビニで買った物を抱えてバスルームへ向かった。
******
髪まで乾かしてからバスルームを出ると、既に朝食の用意がされていた。入江くんはというと、先に新聞を読みながら食べ始めている。
「いつも、ちゃんと朝ご飯作って食べてるの?」
「日による。コーヒーだけで済ます日もあるし」
「ふーん」
「早く食えば?」
「うん。いただきます」
学部も違うのに勉強をみて貰って、途中で寝たらベッドに運ばれ。起きたら起きたでお風呂にお湯は張ってあるし、出たら朝食まで用意されている。正に一から十までとはこういう事よね…。コーヒーを飲みながらチラッと盗み見る入江くんは、先程と同じで新聞から目を離さないでいる。ちょっと迷ったけど、起きた時から気になっていた事を尋ねた。
「入江くんはどこで寝たの?」
「この辺でテキトーに」
そう言ってベッドの下のスペースを指した。
「大丈夫…な訳無いよね。ゴ、ゴメンね」
「いいよ。思いがけないものも見れたし」
「えっ?」
何?思いがけないものも見れたって⁇もしや、下着⁈う、うんん。タイツ履いてたし丸見えって事は無いよね。まさか厚手でも透けてたとか⁇一人青くなったあたし。ここでようやく入江くんは新聞から目線を上げて意地悪く笑う。
「琴子は、寝相凄い悪いんだな。何度となく下に寝てる俺の所に手と脚は落ちてくる、布団は降って来る。お陰で寝不足」
ゴツンっ。
テーブルに項垂れる。そっ、そっち!それはそれで恥ずかしくて顔が上げられない。
そう言えば秋田のおばあちゃんに、『お前は、結婚するまで相手と一緒に寝るのは止めた方がいい。あれ見られたら百年の恋も冷める』って言われてた。まさか今日、この忘れてた記憶を思い出す羽目になるとは…。
突っ伏したまま顔の上げられないあたしに、「いつまでそうやってんだよ。早く食え」って何事も無いように言う。視線だけを上げて覗き見る入江くんは、冷めたのか、引いてるのか、別に興味もないのか、どう思ってるのか分からない…。って、あたし昨日から何?どうして、入江くんがどう思ってるのか気になるんだろ?
「おいっ、聞こえてんのか?トロトロしてると遅刻するぞ」
遅刻すると怒られて、身体を起こす。
そうよ、モヤモヤから解放されたんだから、余計な事を考えるのは止めた!考えてばかりじゃ、せっかくの朝食が美味しく無くなっちゃうもんね。
気持ちを切り替えて目の前にある作り手同様、見た目の良いオムレツを口に運ぶと、おばさんの作ってくれるオムレツとまるで同じで何だかホッとしたのだった。
次回から二回生に飛ぶ予定です(;^_^A
お泊りの発案者の入江母と琴子のやり取り少しだけオマケで書いてます。宜しければそちらもご覧下さい^ ^